さて、年末である。仕事納めも済み、後はお酒でも飲みながらぐうたらと過ごすのみ、となればかつて筆者と共に陽気にお酒を嗜んでいたとあるマレーシア人の話をしなければならない(謎)。
筆者のマレーシア出張にはマレーシア航空が御用達である。そうすると、マレーシア人の7割を占めるマレー系の乗客の隣席になる確率がそれなりに高い訳だが、マレー系の人々というのは多くが「ムスリム」である。「ムスリム」と言っても始終ムスッとしているとかそういう事では無く、所謂「イスラム教徒」の事である。
ある時、やはり筆者の隣にはマレー系の男性がいた。マレーシア人は大別すると「マレー系」「中華系」「インド系」に分かれるがそれぞれキャラが濃いのですぐに見分ける事が出来る。さて、そのマレー系の男性だが、スマホでなにやら動画を見ている。チラと覗いてみると、どうやらアッラーへの祈りを捧げる動画のようだ。やはり彼もムスリムなのだろう。
さて、筆者はと言えば無粋にもマレーシアでの仕事で使う資料なぞを作成し終え、そろそろ一杯いきますか、という風情になる。CAさんを呼び止め、
「レッドワイン プリーズ」
と洒落込む訳である。
その時である。隣席のマレー系の男性が突然大きな声で
「ミー、トゥっ!」
と来たものだから驚かずにはいられない。彼はムスリムではなかったか。
ご存知の向きも多いと思うが、イスラム教の戒律に「飲酒をしてはならない」というものがある。イスラム教の教典である「クルアーン(またはコーラン)」において以下の様に記されているためである。
『信仰する者たちよ、酒と賭け矢と石像と占い矢は不浄であり悪魔の行いにほかならない。それゆえ、これを避けよ。きっとおまえたちは成功するであろう。/悪魔は酒と賭け矢によっておまえたちの間に敵意と憎しみを惹き起こし、おまえたちをアッラーの唱念と礼拝から逸らそうとしているにほかならない。これでおまえたちもやめる者となるか。』
出展:Wikipedia
しかるにこのムスリム男性は、あろう事かアッラーへのお祈り動画を観たそばからの「ミー、トゥっ!」である。
しかもこの「ミー、トゥっ!」は一度では収まらない。筆者がお代わりをする度にすかさず「ミー、トゥっ!」と畳みかけてくる有様だ。まるで飲み比べ対決を挑まれているかのごとくである。
そう言えばこんな話を聞いたことがある。ムスリムの中でも戒律の解釈は国や人によって異なっており、「自国の外であれば酒を飲んでも良い」という説が存在すると。そして筆者の友人の言によれば、フィリピンにおいてムスリムの若者たちがその説を掲げつつどんちゃん騒ぎをする様子を目撃したらしい。これは大変便利な解釈である。
そして彼もおそらくその例に漏れず、国外にいる間にここぞとばかりに悪魔の飲み物を楽しんでいたのかも知れない。しかし彼は非常に敬虔なイスラム教徒であるため、自らの口で「ワイン」などと発することが憚られるため、常に筆者に被せるかたちで「ミー、トゥっ!」とやっていたのかも知れない。もっとも、空の上で気付かぬうちにマレーシア領に入っていた可能性もあるが、まあそこはそっとしておいてあげようと思う。
クアラルンプールのオフィスにて同僚にその話をすると、それは『ちょいムス』だ、と言う。確かにそうしたユルい解釈のムスリムと言うのは一定数おり、比較的柔軟なムスリムライフを満喫しているようである。
ということで、彼も自国では味わえない貴重な時間で、そして筆者はその有様を肴にしながら、お互いに極上の悪魔の飲み物を楽しむことが出来た訳である。
次に機上の人となる日が楽しみである。
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