こんにちは、言葉の語源フェチの10maxです。
仕事柄マレーシアによく行くのですが、マレーシアの通貨単位ってご存知ですか?
そう、「リンギット(Ringgit)」ですね。円やドンと比べるとちょっと長い名前なのでいつも一瞬思い出せなくなります。MYRとかRMなんて略されます。
では、リンギットの補助通貨単位はどうでしょう?
これはあまり馴染みがないかも知れませんね。答えは「セン(sen)」で、1セン=1/100リンギットです。
コンビニや食堂などで安価なものを現金で支払ったりすると小銭で10センや20セン、50セン硬貨が返ってくることがあります。
さて、ここで「あれっ?」と思うんです。「せん」ってどこかで聞いたことがあるな、と。
そうそう、昔日本で使われていた補助通貨も「1銭(=1/100円)」でしたよね。
いや待てと。もっと言うと、アメリカの「1セント(=1/100ドル)」だって読み方がよく似てますよね。
Sen、銭、Cent・・・偶然にしては似すぎてます。こりゃ一体どう言うわけだ?語源フェチとしては俄然気になったので調べてみました。
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世界の補助通貨は圧倒的に「セント」「セン」的な何かだった
じゃあマレーシアやアメリカ以外はどうなんだろう?と思い、ざっと調べてみました。調査にあたってはWikipediaから多くの情報を引用させて頂いています。
セント(Cent)が使われる国と地域
下表の国や地域では全て補助通貨として「Cent」が使われています。ものすごい数です。
ユーロ圏 | EU諸国 – 1/100ユーロ
※ただし国や言語によって多少派生したものが使われる。 フランス:centime(サンチーム) スペイン:céntimo(センティモ) イタリア:centesimo(チェンテジモ) |
ドル圏 | アメリカ合衆国 – 1/100アメリカ・ドル エチオピア(〜1976年) – 1/100エチオピア・ドル オーストラリア – 1/100オーストラリア・ドル カナダ – 1/100カナダ・ドル ギニア(〜1955年) – 1/100ギニア・ドル ケイマン諸島 – 1/100ケイマン諸島・ドル ジャマイカ – 1/100ジャマイカ・ドル シンガポール – 1/100シンガポール・ドル ジンバブエ – 1/100ジンバブエ・ドル スリナム – 1/100スリナム・ドル 台湾 – 1/100ニュー台湾ドル(中国語では1分 = 1/100新台幣) トリニダード・トバゴ – 1/100トリニダード・トバゴ・ドル ナミビア – 1/100ナミビア・ドル ニュージーランド – 1/100ニュージーランド・ドル バハマ – 1/100バハマ・ドル バミューダ – 1/100バミューダ・ドル バルバドス – 1/100バルバドス・ドル 東カリブ諸国 – 1/100東カリブ・ドル フィジー – 1/100フィジー・ドル ブルネイ – 1/100ブルネイ・ドル ベリーズ – 1/100ベリーズ・ドル 香港 – 1/100香港ドル(中国語では1仙 = 1/100港元) リベリア – 1/100リベリア・ドル ローデシア(廃止) – 1/100ローデシア・ドル |
シリング圏 | ウガンダ – 1/100ウガンダ・シリング ケニア – 1/100ケニア・シリング ソマリア – 1/100ソマリア・シリング タンザニア – 1/100タンザニア・シリング |
ルピー圏 | スリランカ – 1/100スリランカ・ルピー セーシェル – 1/100セーシェル・ルピー モーリシャス – 1/100モーリシャス・ルピー※インドは1/100ルピー=1パイサ |
ギルダー圏 | アルバ – 1/100アルバ・フロリン オランダ(〜2002年) – 1/100オランダ・ギルダー オランダ領アンティル(〜2010年) – 1/100オランダ領アンティル・ギルダー |
その他 | エストニア – 1/100クルーン(つづりはsent) エリトリア – 1/100ナクファ シエラレオネ – 1/100レオネ エスワティニ – 1/100リランゲニ 南アフリカ共和国 – 1/100ランド |
Cent以外の類似補助通貨
Centではないですが、類似する発音の通貨には以下のようなものがあります。マレーシアの「Sen」だけでなく、こちらも想像以上に多くの類似通貨があるようです。※もしここに掲載されていないものがあればぜひ教えて下さい。
- サンチーム (centime) – CFAフラン圏など旧フランス領アフリカ諸国の多く、フランス(〜2002年)など。※フランス語では cent が数詞の「百」を意味するため、通貨であることを区別するために使われる。
- コペイカ (kopiejka) – ロシア
- ペニヒ(pfennig)- ドイツ国、及びユーロ導入までの東西ドイツ
- 銭 – 日本(〜1953年。但し、為替や日経平均株価の表示には現在も使われている)、韓国、北朝鮮
- セン (sen) – インドネシア、カンボジア、ブルネイ、マレーシア
- センギ (sengi) – コンゴ共和国(廃止)
- センターボ (centavo) – 中南米の多くの国
- センチム (centim) – アンドラ
- センテ (sente) – 南アフリカ共和国
- センティ (senti) – ソマリア、タンザニア
- センティモ (centimo) – コスタリカ、スペイン(〜2002年)、パラグアイなど
- センティモ (sentimo) – フィリピン
- センテシモ (centesimo, centecimo) – イタリア(〜2002年)、ウルグアイ、ソマリア、チリ、パナマなど
- ツェンタス (centas) – リトアニア
いやはや、「なんと・・・」というか「やはり・・・」というか、全世界的に「セント」あるいは「セン」的な発音の補助通貨が使われている(いた)ことが分かります。
由来は4つのパターンに分類できそう(推測)
では何故これほど多くの国が似たような補助通貨を使っている(いた)のか?偶然で片付けてしまうにはあまりに奇遇すぎるので少し深堀りしてみます。全て調べたわけではないですが、由来として大まかに4つのパターンがあるんじゃないかと思いました。
①ラテン語由来の欧米組
これは一番分かりやすいです。ユーロやドルの補助通貨である「Cent」は、もともと100を意味するラテン語「centum(ケントゥム)」が語源になっています。英語でも100年の事を「Century」って言いますよね。
英語を含めた欧米の言語の多くはラテン語由来ですし、自然な流れでしょう。
②欧米統治(植民地)組
次に分かりやすいのがこれです。アジア・アフリカの多くの国には欧米列強による統治の歴史があります。その時代の影響が残っている事は容易に想像がつきます。そうした国では、そもそも補助通貨以前に「香港ドル」「シンガポールドル」のように主要通貨からして統治時代の名残を汲む場合も数多くあります。
あるいは主要通貨については独自の単位を採用したとしても、補助通貨までは独自とせず統治時代の名称を引用したのでしょう。
③日本:大隈重信が「銭」と「セント」をかけた説
さて、ここまでは分かりやすいのですが、問題は日本です。お金を意味する「銭」という言葉は非常に古く、何と飛鳥時代まで遡ります(従来日本最古の通貨と言われていた和同開珎(708年発行)よりも前に「富本銭」という通貨が使われていたことが最近分かった)。日本が中世以降欧米諸国の文明を取り入れて来たとはいえ、いくらなんでもそんな古い時代には欧米との交流はあり得ません。
しかしここで思い出すべき事は、近代以前の「銭」はお金を表す言葉ではあったものの、通貨単位では無かったということです。1銭=1/100円という通貨単位が正式に導入されたのは明治維新の真っ只中、1871年(明治3 – 4年)の「新貨条例」制定の時だったのですが、ここで機転を利かせた一人の男が居たと言われます。その男は明治維新で活躍した大隈重信。当時「会計官御用掛」という要職にあった彼がこの新貨条例制定の立役者なのですが、彼が、欧米で使われている「Cent」と「銭」の発音が似ている事から、「銭」を通貨単位として採用したという逸話が残っています。
なるほど大隈さん、ナイス機転です。しかしそれにしても、欧米の「Cent」と似た発音の「銭」という言葉がたまたまお金を表す単語として日本に存在したことは、実に奇遇なことではないでしょうか。
④日本統治組
残る謎は韓国や北朝鮮の「銭」です。しかし日本の「銭」と「Cent」の関係が明らかになれば自ずと分かってきます。1910〜45年の朝鮮半島は日本の領有下にあり、その時に「圓(えん。後のウォン)」「銭」という通貨単位が導入されました。つまり、大隈重信が日本で機転を利かせた事が結果的に朝鮮半島にも「Cent」に似た名前の通貨を誕生させた訳です。
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「セント」「セン」的な通貨とは無縁の国々
上の説から行くと、欧米や日本による領有・統治の歴史を持たない国であれば「セント」や「セン」という通貨を使っていない可能性があります。
中国
中国は欧米や日本による干渉を受けてきましたが、完全に植民地化された事はありません。従って中国の通貨単位はCent系あるいは銭系の通貨単位を持ちません。
中国の通貨は、よく知られている「元」に加え、補助通貨としては「角(口語では「毛」。「毫」の簡易体)」「分」が使われます。
タイ
タイは歴史上植民地化された事がない、東南アジアでは数少ない国ですね。ここでもやはりセントや銭とは無縁の通貨です。
主要な通貨は「バーツ」、補助通貨は「サタン」(=1/100バーツ)。まれに「サルン」(=1/25バーツ)という通貨も使われるようです。
仏領になっても独自路線を貫いたベトナム
ベトナムの主要通貨は「ドン」ですね。これは漢字の「銅」から来ています。元々銅貨が流通していたためこの名称が使われるようになりました。
一方補助通貨については、現在は使われていませんが、かつては「ハオ(hào, 毫)」と、「シュウ(xu, 樞)」が使わていました。このうちの「ハオ(hào, 毫)」は中国で使われてきた「毛」(「毫」の簡易体)の名残でしょうね。
ところでベトナムは御存知の通りかつてフランス領でした。その時代には「米ドル」を意味するフランス語である「ピアストル」という通貨が導入されましたが、ベトナム語では相変わらず「ドン」(=1ピアストル)が使われたらしく、独立後は何事もなかったかのように「ドン」に戻ったようです。
何千年もの間他国の侵攻を受けつつもしたたかに生き抜いてきたベトナムらしいエピソードだなと感じます。
さいごに
全く違う国や言語なのにふと似た発音などを見つけると好奇心がむくむくと首をもたげてくるものですが、今回はマレーシアで見つけた「Sen」という通貨がきっかけでした。このように言葉というのは人づてに伝えられながら少しずつ姿を変えて、でもどこかで必ず繋がっている、というのが面白いですね。
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