ルアンパバーンからワイルド砂利ロードを爆走すること1時間強、ついにモン族の村に到着した。
非常に素晴らしい村である。なぜなら、ここでは一切観光地化されていない、素のモン族の方々の生活を垣間見られるのだ。実に尊い。これはベトナムで訪れたハザンやムーカンチャイなどのモン族の村々と共通している(サパは多分違うのだろう。サパ行ったことないけど)。
一方、一見してベトナムで訪れたモン族の村々と異なるのは、村の風景である。筆者が訪れたベトナムのモン族の村は険しい山岳地帯にあったが、ここはラオス北部山地に近いとは言え比較的標高が低く平地に近いので、植生などの趣はどこか異なる。
しかしこの後、ベトナムのモン族との違いは風景だけではないことに気付く事になる。それは非常に興味深い事実であった。
※前の記事↓
※北ラオス・ノーンキャウとルアンパバーン6日間旅行記一覧↓

(本記事は2025年4月30日の記録です)
手つかずのモン族の暮らし
モン族の住居建築は地域によって異なるが、この村では伝統的な様式の一つである木造建築が多く見られた。
また、ベトナム北部のモン族村では見られない「ヤシの木とモン族」というコラボも、両者の趣の違いを演出している。
最近では茅葺屋根ではなくトタンの素材もよく使われている。これはベトナムでも同様であった↓
そしてこちら↓はモン族住居の最新アップデート版、コンクリート建築。生活水準も少しずつ上がってきてるのだろう。観光地化されていない伝統的なモン族の生活が見られなくなる日も近いのかも知れないと思うと、旅人目線では少々複雑だが、住んでいる人々にとっては正常進化なので仕方がない。
人々と暮らしを少しのぞかせてもらう
バイクドライバー兼ガイドのサイフォン氏はこの村の人々とは知り合いらしく、何事か会話を交わしていた。ドライバー氏はカム族の出身であるため、共通言語はラオ語であるようだ。
ドライバー氏が頼んでくれて、家の中に招き入れてくれた。縫い物をしている女性をよく見かけた。
綺麗な服を着た少女。布に使われている柄はモン族の民族衣装にもやや似ているが、ワンピースのような着方はモン族民族衣装とは大きく異なる。温暖なラオススタイルとの折衷なのかも知れない。この辺りはこの後さらに明らかになっていく。
アスパラのような何かを茹でている。
アスパラのような何かは、これであるようだ。若い竹だろうか。日本のタケノコとは少々趣が異なる。
大量の袋が保管されていた。米だろうか。
よい表情を見せてくれた母子。
わんぱくそうな男子と縫い物をしている母親。なお、この女性たちが履いているスカートの様な服はモン族スタイルではなくラオ族スタイルだろう。
何かの草を何かしていた女性。
少年の野良仕事を温かい眼差しで見つめる母親。大変よい。
2人の少女が遊んでいた。
何をしているのだろう。
子供達が古い家具に布をかけて隠れて遊んでいた。
面倒見のよいお姉ちゃんである。
ハンモック式ゆりかごが大流行
女性が何かを揺らしている。洗濯物でもかけているのだろうか。
と思って覗き込むと、思いがけず目が合ったのでびっくりした。なんと幼児のゆりかごだったのだ。
この村ではこのハンモックスタイルのゆりかごが大変流行っていた。合理的かつ良い工夫である。
しかしこれはちょっと狭そうである↓
このようなデラックスバージョンもあった。
上のハンモックよりもゆったりとした姿勢で寝られる優れものである。
プールを活用したタイプもあった。揺れないが、蚊帳が付いているのが魅力である。よく見ると横で鶏が子守をしている。時間になったらコケコッコーと起こすのだろう。
動物と闘鶏と植物
モン族の人々は様々な動物や植物と共に暮らしを営んでいる。
イッヌが寝ていた。
牛が居た。ドライバーニキが何か食べ物を与えている。
豚が居た。大家族である。
立派な鶏が居た。トサカと尾の形、そしてゴールドの羽毛が大変美しい。映画俳優になれそうな秀逸な立ち姿である。
少年が鶏の世話をしていた。これは闘鶏用の鶏であるという。
モン族の間では闘鶏は大変メジャーな娯楽であるらしく、祭りの際などに鶏を闘わせて賭けをして楽しむのだそうだ。手塩にかけて育てた鶏が見事勝利を収めた時の充実感はひとしおだろう。たぶん。
鴨も居た。こちらは闘いには向いてなさそうである。
カルガモがいた。大家族である。
柱に動物の木彫りが飾ってあった。魔除けかなにかであろうか。
トウモロコシが栽培されていた。モン族と言えばトウモロコシである。
この細長いサボテンのような植物はドラゴンフルーツだろう。
おなじみジャックフルーツである。
フルーツがあると噛みつくのがドライバーニキの鉄板芸である。
顔にセミの抜け殻をくっつけて楽しそうなドライバーニキ。いいキャラである。
民族衣装を脱いだラオスのモン族
さて、こうしてモン族の方々と触れ合う中で気付いた、ベトナムのモン族との大きな違いは、この村では伝統的な民族衣装を着ている人がほとんど居ないということだ。
腰巻きスカートのようなものを履いている女性が多く、一見民族衣装のように見えるが、これはモン族の衣装ではなく、どちらかというとラオ族の風習を取り入れたもののように思われる。
一方、ベトナムのハザンやムーカンチャイのモン族の方々は、見紛うことのない伝統的なモン族の衣装をまとっていた。下の写真はムーカンチャイの竹林で宴会をしていたモン族女性たちで、決して観光客向けの演出ではない。殆どの人々(女性)が、素の日常生活の中で自然にモン族の伝統的民族衣装を着ているのだ。

なお、このルアンパバーン郊外の村でも、高齢の女性については、わずかに民族衣装の面影をうかがうことが出来た。下の女性は頭に頭巾のようなものを被っているが、これはモン族衣装の名残のように見えるし、裁縫をしている小物も、モン族のそれのようだ。
この村の人達に、民族衣装を着たベトナムのモン族の写真を見せると、大変興味深そうに眺めていたのが印象的だった。
「あなた達はこういう衣装は着ないのか?」
と訊いてみると、
「この衣装は暑いし、普通の服のほうが楽なので普段は着ない。着るのは正月の時くらいだ」
とのことだった。
ラオスのモン族とベトナムのモン族のこうした違いには気候以外にも色々な理由があるようなので、別の記事で深く考察してみたいと思っている。
なお、ベトナムのモン族の人達に教えてもらったモン語で挨拶をすると、とても喜んでくれた。元来モン語には文字が存在しないらしいのだが、こうして一つの民族が様々な国に離れて散ってもしっかり受け継がれているというのは、素晴らしい事だと思う。
また衣装についても全く無くなってしまった訳ではなく、特別な行事では着るということなので(ベトナムのアオザイのような位置づけなのだろう)、失われることなく受け継がれてほしいものだ。
ご興味があれば、ベトナムのモン族など少数民族村を訪れた旅行記もご覧下さい↓


関係ないが、上の女性は98歳で、11人の子供がいるそうだ。ドライバーニキの母や友人の父も97歳まで生きたという。この辺りの少数民族は長寿のようだ。
これで村を後にするのだが、村を出てすぐに、これまた興味深い施設に遭遇した。
モン族村の場所
つづく
※北ラオス・ノーンキャウとルアンパバーン6日間旅行記一覧↓











































コメント