「国境」と呼ばれる場所に近づくほど、「国と国の境」という概念が薄れてくるという奇妙な感覚がある。
カシュガルという町がある。
新疆ウイグル自治区の西端に位置するこの町の名を聞くと、「西域」「シルクロード」「タクラマカン砂漠」など、様々なイメージが脳裏を去来するが、筆者にとっては「中国における国境のカオス」であり「中国でありながらほぼ中央アジア」という印象を強く持っていた。
中国最多の8カ国と国境を接する中央・西アジアへの玄関口
新疆ウイグル自治区は、実は中国における行政区分の中で最も多くの国と境を接している。北から反時計回りに、モンゴル、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インドへ抜けることが出来、まさに中央アジア・西アジアへの玄関口となっている。シルクロードの起点たる所以がここにある。
その中でもカシュガルは西端に位置し、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、さらにその先のウズベキスタン、トルクメニスタンといった国々に囲まれている。筆者が勝手に「スタン系の国々」と呼んでいる中央アジアのステップ地帯のさなかに、この町はあるのだ。
「中国でありながら中国でないカオス」を見たかった
カシュガルでは、褐色の瞳と彫りの深い顔立ちを持ったウイグル人たちがウイグル帽を被り、ナンやケバブを焼き、ペルシャ絨毯を売って過ごしているという。町中にはアラビア文字を源とするウイグル文字が溢れ、コーランの朗唱が聞こえるという。
中国でありながら中国ではない光景。「自分は今いったいどこにいるんだろう?」と脳内が混乱し、国境という概念が次第に霧消していく。
僕が見たかったのはそんな国境のカオスだ。
「調和の取れたカオス」と「弾圧によるカオス」
さて、ここまでは2006年に新疆ウイグル自治区へと旅立ちたくなった理由だが、ここからは時制を2021年の今日に戻して欲しい。
ここで、カオスという言葉の意味を改めて考える。様々な周辺民族が入り乱れる国境付近には確かに多様な民族が共生し、混沌としているが、それは調和の取れたカオスとも言える。
このカシュガルという町に住み着いたウイグル人たちは、かつては馬や羊と共にユーラシア大陸の草原を移動して暮らしていた遊牧の民だ。彼らには国境など何の意味も無かった。彼らの草原に、後から人がやってきて勝手に国境を敷いた。
草原の民は元来、多様な民族が適度な介入と不介入を保ちながら暮らしていた。ウイグル族やカザフ族、モンゴル族など、草原の遊牧の民は元々そうした多様性の中で調和を取りながら、時に強大な王(汗)による緩やかな支配の下で暮らしてきたのだ。
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筆者がカシュガルを訪れたのは2006年のことであり、その時期には見かけ上、漢民族との間の調和は保たれているかに見えた。しかしその後、新疆ウイグル自治区の情勢は一気に悪化した。情勢を悪化させたのはウイグル族の人々ではなく、言うまでもなく共産党政権だ。
共産党政権は大量の罪なきウイグル人たちを収監し、虐殺し、コーランを焼いた。きっかけは2009年頃以降に散発したウイグル人による暴動などとも言われるが、それ自体が政府によるウイグル人への不当な弾圧の長年の蓄積によるものであることは明らかだった。旅行者などには見えないところで、調和を乱す「弾圧によるカオス」が着実に頭をもたげ始めていたのだ。
2021年の今日改めて、国境のカオスが好きだ。
カオスとは何か。
カオスを嫌う中国共産党は「国家統一」を目指す。人道にもとる大量虐殺を行い、民族の多様性を粛清し共産党の名のものに統一しようとする。
しかしウイグル人たちは、後付けの国境が引かれる遥か以前からここで生活していたのだ。馬や羊と共に豊かな草原を追いながらユーラシア大陸を愛していたのだ。
カオスとは何か。
国境付近で多様な民族が集い自律的な調和を保ちながら暮らす姿は、外から見ればカオスだが、そこに住む人々にとっては日常でもある。
一方、名ばかりの「国家統一」のために大切な家族や友人を虐殺され、阿鼻叫喚の中で涙に暮れる今のウイグル人たちの境遇は、そこに住む人々にとってはあり得べからざるカオスであり、一方的な暴力と悲劇だ。
2021年の現在、未だに中国共産党によるウイグル人への非人道的な弾圧は収束していない。だからこそ、改めて筆者は強く思う。
本来の国境のカオスを、再び見たい。弾圧による悲惨なカオスなど、世界中の誰も見たくはない。
少しばかり熱くなってしまいましたが、以降、西域への入り口である敦煌を経てカシュガルに至る2006年当時の旅行記をお楽しみ頂ければ幸いです。
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