ベトナム生活編

息子とサシで語るサイゴンの夜 – 旅の原風景

次男と細君に用事があり、中3の長男とサシで晩飯を食べに行った。

15歳といえば戦国なら元服している年齢であり、身長も170cmを超えた。大の男同士、徒然なるままに語るまたと無い機会だ。

 

直前まで店を決めないのも男同士の宿命だ。アパートを出てブラブラしつつ、何となく居酒屋っぽい雰囲気が良いなと思い、近所で最もそれらしい雰囲気の店を提案すると

「ああ、いいんじゃない」

といった具合にTiger Beerの喉越しの如くすんなり決まるのも、いかにも男同士の生業だ。

 

車のこと、旅のこと、ベトナムのこと、学校のこと。思いつくままに、美しい流れなど必要ないとでも言うようにブツ切れに会話が進む。

最近はGVBインプレッサよりもBRZに興味があるそうだ。BRZのアイサイト対応MTが発売されるのを受け、WRXのMTが日本で発売されるのかについて意見を聞いてみたが、元々S4のMTが導入されていない日本ではSTIが幕を下ろした時点で望み薄と言うのが彼の見解だ。一理ある。

 

そういえばこんな話もしたものだ。彼は日本での「通学」の時間が好きだったそうだ。彼は自転車通学をしていたので、単に自転車に乗るのが楽しいのかと思っていたのだが、そうではないらしい。

冬になれば寒い朝、部活の日には夕暮れを感じながら、好きなことを考えつつ、1人で自由に風を切る時間が好きなのだそうだ。

随分と大人びたことを言うじゃないか。子の成長は常に親の想像を追い越していくもの、なのだな。

 

ブツ切れの会話が、ひょいとベトナム生活の話題に飛ぶ。彼が、この国と日本との様々な違いに興味を持っているのかを訊いてみたくなった。

「ベトナムって日本と全然違うじゃない。そういうのって面白いと思う?」

「う〜ん、別に今はそうでもないかな〜」

「でもほら、昼間から道端でお腹丸出しで風呂椅子に座ってビール飲んでるおじさんたちとか、日本に居ないし、なんか面白いじゃん」

「う〜ん、まあそうだけど、僕がベトナム人になるって訳じゃないし、普段の生活は日本とそんなに変わらないし」

「家と学校だけじゃあんまりベトナム人と関わらないし、分かんないってことか」

「う〜ん、というか、もうあんまり異国って感じがしないって言うか」

「住んで慣れちゃったってことかな」

「そう言うのもあるかも」

 

あれ?もしかしてベトナムでの生活にそんなに刺激を感じてない?ちょっと角度を変えて訊いてみる。

「日本の家が自分の家で、今は一時的にベトナムに住んでる、って感じする?」

「いや、どっちも家って感じかな。一時的とかじゃなくて、こっちはこっちで家って感じ」

どうも、彼にとってベトナムのアパートは一時的な仮住まいと言うよりも、別の家に引っ越したという感覚らしい。ここが既にもう一つの「ホーム」になっているのであれば、そりゃあ異国感もへったくれも無いのかも知れない。

 

「あ、そう言えばあそこは良かったなあ。前に列車で行って船で川を渡って自転車借りたところ」

彼は突然ある風景を思い出したようだ。

「それはあれだな、アユタヤだ。バンコクからアユタヤまで列車で行って、アユタヤ駅を出て少し歩いて渡船で川を渡って、レンタサイクルで遺跡を見て回ったやつだ」

「ああ、遺跡、そうそう。あれは異国って感じで良かったなあ」

「遺跡が良かったの?」

「いや、遺跡も良かったけど、遺跡までの列車とか船とか自転車が良かったんだよね」

「移動が良かったの?」

「移動も良かったし、遺跡に行くまでの船とか道の景色が、異国って感じですごいよかった。現地の人たちの生活が見れてる感じが良かった。観光地って感じじゃ無いのがいい」

あれを良かったと言って貰えるのはツアコン冥利に尽きる。あの移動ルートは実は、筆者が仕組んだアユタヤ行きの旅程の中で最も大切なプロセスの1つだったのだ。いきなり車をチャーターして遺跡だけピンポイントで回ってもイマイチ味が滲み出てこないというもの。

しかしこれは大変な事になってきた。齢15は元服済みとは言え、そのような旅慣れた目線で旅の魅力を語るとは。

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そう言う事ならこれはどうだ、とばかりに訊いてみる。

「じゃあフエも良かったんじゃ無い?路地の奥のボロい宿の3階に泊まって、みんなで夜の町に出て、バンドが路上ライブとかやってた時の。ほらこれこれ」

こう言う時に自分のブログでさっと旅の写真を見せられるのは頗る便利だ。

「ああ、これも良かった。特にあの宿がすごい良かったなあ」

これまた大変な話だ。あれはブッキングのトラブルで急遽泊まることになった、家族で泊まるにはギリギリアウトくらいのボロいバックパッカー宿だ。

一方、そうしたトラブルも旅の醍醐味だ。敷かれたレールの上を何事もなく進んで帰ってくるよりも、トラブルの1つでもあった方が、話のネタも思い出も濃いものになろうというものだ。

それにしても、よりによってあのオンボロ宿が良かったと言うのは大変な事だ。

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しかし、だんだん見えてきた。彼がどんな風景や体験に異国を感じ、感性をくすぐられるのかが、何となく分かってきた。そしてそれはとても個人的に、実に勝手な話だが、旅人として非常に良い傾向のように思えた。

 

「じゃあ、ベトナムでもさ、あれは良かったんじゃ無い?こっちに引っ越して来てすぐに、家を出て10分くらい歩いて、橋を渡ったところにあるご飯屋さん」

「ああ、覚えてる。夜みんなで歩いていった、橋を渡ったところの」

「そうそう、夜に行った、プラスチック椅子のご飯屋さん。あれは異国感あったんじゃない?」

「ああ、あれは良かった。あの道は『異国に居るな』って感じで良かった」

そうか、あの頃はまだベトナムに来たばかりで「旅の感覚」が残っていたのだろう。

しかし、今やそうしたホーチミンでの生活は、既に彼の中では「異国」というより「ホーム」の一部となっているのだろう。

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それにしても、あの旅の、あの場面を、そんな風に感じていたとは思いもしなかった。

単に列車や舟や自転車に乗るのが楽しいのかと思っていたし、建築が好きなので単に建物や遺跡を見るのが好きなのかと思っていた。

しかし、彼はもう少し深いところで旅の魅力を感じていたようだ。非日常的な異国感を求め、それを観光地ではなく路地裏の現地の人々の生活の中に見出す。いい旅人になりそうだ。

忘れてしまいそうだが、これは旅慣れたバックパッカーの話ではなく、15歳の少年の話だ。少々英才教育が過ぎたかも知れない、と思わないでもないが、いつの世も道を切り拓くのは個性なのだ。

家族で訪れた様々な土地の記憶が、子供達にとってのこれからの旅の原風景になっていくのだろう。そこでそのような素晴らしい感性を養ってくれたのであれば、インプット係の親としてそれ以上の幸せはない。親に出来ることなんてそれくらいしか無いのだから。

 

何でも無い夜だが、実に良い夜だった。

 

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