ベトナムに住んでいて「ぼったくられた」という話を聞くのは割と稀だ。
ベトナム人というのは一般に商売感覚に長けた民族で、顧客との信頼関係を重視するため、その場限りの吹っ掛けだの二重価格だのが駆使される場面はあまり見ない(空港やベンタイン市場辺りでうろついてるのは別)。
そんな中でも、
「微ぼったくり」
をかましてくる男が一人いる。
微ぼったくり疑惑の男
その男は、主にホーチミンの運河沿いで行商屋台を営んでいる。
いや、主に何を営んでいるのかは知らないが、とにかく運河でビールを飲んでいると、毎晩彼が屋台を押してやって来る。
いや、毎晩やって来るのかは知らないが、筆者が金、土、日、と飲んでいると、彼は金、土、日、とやって来る。
「微ぼったくり」
というのは、この男の価格設定が少々いかがわしいのだ。それも、明らかなぼったくり、というのではなく、実に絶妙にいかがわしいのだ。
例えば、このような魚介や肉などの練り物の素揚げを4、5本(種類)ほど頼むと、通常は5〜6万ドンほどなのだが、この男から買うと7〜8万ドンと、微妙に高い。
もちろん、厳密な単価など分からないし、そもそもそんなものは存在しない。
しかし、相場というものはある。
何しろ我々は、金、土、日、と行商屋台が運河沿いを回ってくるのであれば、金、土、日と運河沿いのどこかで飲んでおり、行商屋台の方から発見されるほどに、この界隈の行商屋台には馴染みが深いのだ。

馴染みの行商のおばちゃんと
数々の行商屋台からの購入経験に裏付けられた推計もとい酔計によれば、通常は「1本1万ドン+アルファ」である。
しかるに、例の男の提示する「4、5本で7〜8万ドン」というのは、「通常は5〜6万ドンだけど、相手を見てそこに適当に1〜2万ドン上乗せしたのではないか」と感じさせる。
そうした経緯から、この男の価格が「微ぼったくり」なのではないか、という疑惑を薄っすらと抱いていたのだ。
しかしその価格差が絶妙であるがゆえに、毎度「今回は選んだ品種が高めだっったのかも知れない」と言った塩梅で、確信に至ることが出来ないまま、時は運河の如く流れていった。
その夜、疑惑は確信へ
しかしその疑惑はある夜、確信へと変わる。
その夜も、あの男はやって来た。
その夜我々は、店の食事を一通り食べ終え、あと少しつまみが欲しいな、ということで行商屋台を待ちわびていたのだ。
そこへあの男がやって来た。
それに加え、筆者はかねてから、「微ぼったくり疑惑」の検証を行いたいと思っていたため、思い切って彼の元へ駆け寄り、7本の品を頼んだ。
そこで一つの異変が起こる。筆者は必ずその場で価格を訊くのだが、この時彼は、「後で言うから」と言って調理を始めたのだ。これは過去にないパティーンである。
訝しい思いを抱きつつも席で待っていると、やがてその男は調理した品と共にやって来て、我々に値段を告げたのである。
「Một trăm ba(モッ チャム バー)」
我々一同は喧々諤々と協議を始めた。
果たしてこれは「103」なのか「130」なのか
それが問題だ。
ベトナム語に明るいメンバーの見解によれば、通常「『Một trăm ba』と言えば103よりも130である事が多いはずだ」という。
では何が問題なのか。それは、「この内容で130kドンはちょっとありえなくらい高い」からだ。仮に本当に7本で130k(130,000)ドン(≒約750円)であれば、1本当り約19,000ドンということになる。
筆者は念のため、その男にスマホで「103」という数字を見せたが、果たして彼は「ノーノー」と言いながら改めて「Một trăm ba mươi」(これは確実に130を意味する)とのたまったのだ。
これでこの男の「微ぼったくり疑惑」は「確信」へと変わったのであった。思えば価格を後から提示するという例外的ムーブも、この法外な価格を鑑みれば納得がいくというものである。
本当の事件勃発
ということで、数万ドンの代償を払いはしたが、しかし疑惑の検証ができたのは大変大きな収穫であった。
しかし、本当の事件は翌朝に発覚した。
筆者の宴会翌朝ルーティンとして、飲み代の送金忘れ防止などのため、銀行アプリの使用履歴を確認するというのがある。
そしてその朝筆者は、「1,300,000ドン(約7,500円)」という送金履歴を発見した。
飲み代の清算内容と照らし合わせてもこんなものを払った覚えはなく、時刻的にも、これは明らかに上の「微ぼったくり男」から購入した「130,000ドン」の練り物の代金と思われるのだ。
そう、つまり、ただでさえ微ぼったくり価格であるのに、更に10倍の額を送金してしまったのだ。
この理由は明らかになっていない。
単に筆者が送金ミスをした可能性も高い。
一方で、当時居合わせた飲み友たちによれば、筆者がこの男に「これでいいか」と銀行アプリを見せた時に、男が画面を触っていたように見えた、という証言もある。
しかし、この時既に大量のビールとワイン数本を空けていた我々に、定かな記憶を辿る事は不可能であった。
いずれにしても、あの一皿のつまみに8千円近くの支出とは看過し難い。出来るだけの手は尽くさなければならない。
出来ることと言えば、その夜再び現場へ戻ることである。あの男には運河沿いの飲み屋に行けば必ず会えるのだから、早いうちに返金を頼んでみるしかない。
もちろん、ダメ元である。彼に悪意があったなら、しらばっくれるだろう。善意ある行商なら、もしこちらが間違えて送金したとしても、その場で入金内容を見て返してくれてもよさそうなものである。そもそも上で書いたように、後から金額を告げるというムーブに不自然さを感じる。
そして悪意を自認しているなら、そもそも当分運河沿いに姿を表さない可能性もある。何しろ数日分の売上に相当する金額を一度に稼ぐことが出来たのだ。
一方で、悪意が無かった可能性もある。金額は単に筆者のミスかも知れないし、ベトナム人は相手が顔見知りなら入金額をその場で確認しないことも多い。また、銀行アプリではベトナム人から外国人への送金は出来ない制約がある場合もあるので、彼としても「どうしようもなかった」可能性も否定できない。
いずれにしても、全ては運河へ行ってみなければ始まらない。

心強い運河の仲間たち
意外といい奴だった?
18時頃から運河沿いに繰り出し、ビアサイゴンで燃料補給を始める。ベトナム語が堪能な友人を含む、3名の運河の男達が集ってくれた。
所詮はダメ元である。後悔しないために人事を尽くす事が肝要なのだ。返金が叶わなければヤケ飲みをしよう、と語りながら、缶を空けていく。もうそれだけで、素晴らしい友人たちに感謝である。
やがて行商が運河を行き来し始める19時を回ると、緊張感が高まる。あの男を見逃してはならない。
果たして、あの男はやって来た。
筆者と、ベトナム語が堪能な友人がサッと飛び出し、男と対峙する。
筆者がスマホの画面で送金履歴と前夜購入した練り物の写真などを見せつつ、友人がベトナム語で状況を説明してくれる。さあ、男の反応やいかに・・・
すると男は、すぐに現金でぴったり差額を手渡してきたのだ。
これは拍子抜けである。
何となく、分かっていた、というような感じでもあった。「言われたら返そうと思っていた」とも取れるし、「言われなければしめたもの」とも取れるが、いずれにしても常連客の一人と揉め事になるのは避けたかったのかも知れない。
と言うことで、この夜はめでたく勝利の美酒を味わうことが出来たのだ。めでたしめでたし。
昨夜のとある大きな失点を取り返すべく望んだ今夜の決戦、飲み友達のおかげで無事勝利しました🏆持つべきものは友です🇻🇳
乾杯🍻 pic.twitter.com/1qw6ctmX4P
— 10max🇻🇳 | 旅とベトナム (@10max) June 21, 2026
・・・いや待て、と。
何となく、「あの男も存外悪い奴ではなかった」的な感じで終わりそうな雰囲気があるが、それでいいのだろうか?
いやいやそうではない。そもそもあれで130kドンは高いのである。危ないところであった。
彼から買うのはもうよそう。
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