2005年夏のある日、僕は彼女の自宅でご両親と初めて対面していた。
「お嬢さんを僕に下さい」
などというありきたりな話をしに来た訳ではない。
「地球の歩き方」のページをペラペラと繰りながら、ラオスという国がいかに素晴らしく、治安が良い国であるかという事を滔々とプレゼンテーションしていたのだ。
かつ、僕はこれまでこんな国やあんな国にバックパックで訪れていまして、旅に関する知見は非常に豊富でございまして、僕に任せてもらえれば何の不安もございませんので、つきましては、
「お嬢さんを・・・ラオスに連れて行ってもいいでしょうか」
という、一般的なご家庭のお嬢さんのご両親であれば比較的どう答えれば良いのかよく分からないであろうマニアックなお題を投げかけた訳だが、結果的には平穏に了解を頂く事が出来た。
大変ご理解のあるご両親と、プレゼンの成功を助けてくれた「地球の歩き方」に深謝である。
もちろん、わざわざご両親にここまで大見得を切ったからには、ただ彼女とラオスに旅行に行って帰ってくるだけで終わるつもりはない。
実は、ビエンチャンのメコン川のほとりでビアラオを飲みながら彼女に結婚を申し込もうという算段なのだ。「ビエンチャンのメコン川のほとり」というのは、これまでの旅の中で最も気に入っている場所の一つである。
つまりは、ご両親からラオス旅行の承諾を得る事が出来たものの、それは単なる序章に過ぎない。人生を賭した本当のプレゼンテーションは成田空港から始まるのである。
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2002年のラオス旅行記





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